今日休息
戴きもの英国SS
※ご注意※
この話は完全なオリジナルキャラが出てきます。もとは夢小説としてリクエストしたものですが、サイトに飾るにあたって、読んだ後にふっと浮かんだ名前を入れたものを載せてみました。
「アシュレイ×オリジナルキャラ」というような感じです。
そういったものが苦手な方、嫌いな方はこのまま引き返してください。
読んでからの文句は受けつけません、ということで、よろしくお願いいたします。
「やぁ、アシュレイ。こっちだよ」
女性の声に目を上げる。
コヴェント・ガーデン。ロンドンの地域名のひとつであるが、同時に一大ショッピング街の名でもある。彼が今しがた着いたのは後者のほう、アトリウムのカフェへと続く階段から声のしたほうを見れば、テーブルについた女性が小さく手を振っていた。
今日休息
テーブルに肘をつき、組んだ手の甲に顎を乗せてアシュレイの到着を待った彼女はにっこりと笑う。
「時間ぴったりだ。遅れてくるかと思ったのに」
「文句があるのか?」
「いいや。でも遅れてくる恋人を待つのもレディの大事なたしなみよ」
「誰が恋人で誰がレディだ?」
皮肉げに唇の端を吊り上げたアシュレイに対し、くすくすと笑う彼女。ウェイターにアール
グレイを注文してから、アシュレイは久しぶりに会う目の前の女性を改めてみた。
シーナ・グラストン。若干24歳にして昨今の考古学会を騒がせる自称、トレジャー
ハンターだった。自分は過去の事実の追求ではなくロマンを求めて遺跡を掘るのだ、とは彼女の持論で、特に若い世代に支持されている。
いつでも固定のチームとともに世界中を飛び回っている彼女だが、取り掛かった仕事は必ず最後までやりとげる上にその作業も非常に精密だ。どんなに小さな仕事でも、たとえハズレだったとしても必ずなんらかの結果を持ちかえる彼女とそのチームは、勝利の女神が憑いていると
囁かれている。
しかし彼女は増長も慢心しない。なぜなら彼女を満たすのは未知なるものへの好奇心でしかないからだ。ただただありのまま走りつづける彼女だから――普段からあまり見目は気にしていないらしく、肌は浅黒く日に焼けて、遺跡の発掘には邪魔だろうになんのポリシーか伸ばした黒髪は適度に荒れて、さらに言うと化粧っ気もない。それがアシュレイの知る彼女の姿だ。
だがしかし、今日の彼女は違う。ナチュラルに化粧をし、長い黒髪を優雅に編み上げ、
流行の服に身を包む。そうすると普段はあまり目立たないが、どこか気品まで漂わせる整った顔立ちをしていることがはっきりとわかる。長い睫の奥で、深いプルシャンブルーの瞳が楽しそうに笑っていた。
アシュレイも笑みを返す。
「今日はえらく気合が入っているじゃないか」
「そろそろ文明人の常識を取り戻しておかないとね」
「今までどこにいたんだ?」
「今回はアイルランドよ。
聞いて驚け、クー・フーリンの魔槍ゲイボルグを発掘した!」
「嘘つけ」
「……ちぃ。アシュレイはこういうところでノリが悪い」
「ノせたいならもう少しましな嘘をつけ」
ぶつぶつとやさぐれるシーナに意地悪く笑み、アシュレイは運ばれてきた紅茶のカップに唇を寄せる。
「夢は見るものじゃないか。若いのにそういうところ冷めてるなあ、アシュレイは」
「夢は見ている。適度にな」
――アシュレイは知っている。その現実に、途方もない存在が在るということを。見えざるものを見、対話する。そんな存在を。
いつかもしかしたら、魔槍ゲイボルグが発掘される日が来るかもしれない、誰よりもその可能性を信じているのはアシュレイだともいえる。しかし彼はその段階で実現不可能および可能性が皆無であるものには食指も動かない。それだけだ。
決して夢を見ていない訳ではない。
「――それで?
今日は何の用だ。魔槍はともかくとして、また何か曰くつきの代物でも掘り出したか?」
シーナがアシュレイを呼び出すときは、たいていが掘り出した物品の鑑定だ。もちろんそれは学会の管理すべきものではあるのだが、呪いの品だと騒いだ挙句に実際に人が死んだり事故が相次いだり、といったものは専門家に鑑定を依頼することもある。この場合の専門家とは当然霊的なちからの持ち主であり、シーナはアシュレイに仲介を頼んでいるのである。
しかし彼女は首を振り、
「いいや。今回は個人的な用事」
意味ありげに、しかし華やかに微笑んでみせる。アシュレイが眉を上げて先を促すと、シーナはテーブルの上で手を組んでわずかに首を傾けてアシュレイを見た。そうやって姿勢を正せば、漂う妖艶な雰囲気が一変して研究者のものになる。
「きみの進路が知りたくてね」
「――ああ?」
そしてかたちの良い唇から紡がれた言葉に、アシュレイは眉を寄せた。青灰色の目を眇めて、
「あんたに何の関係がある」
「大有りさ。
私はね、君をスカウトしに来てるの」
にっこりと告げられた言葉。その内容にアシュレイは鼻を鳴らす。
「悪いが畑違いだ」
「そんなことはない。
――君がなにを探求しているかぐらいは知っているよ」
す、とアシュレイの瞳が冷える。しかしシーナは毛ほども動じず、にっこりと艶やかな笑みを浮かべて、
「私は君が欲しいの」
「財力か?」
「まさか。そんなもの、学会がいくらでも出してくれる――女神憑き、なんてありがたがって、勝手にね。便利だからありがたく使わせてもらってるけど」
シーナはただの発掘馬鹿ではない。こう見えて学会で勝ちを得るだけの知識と度胸、そして知略を有しているのだ。伊達に若年で学会と渡り合っている訳ではない。
「私が欲しいのは君。アシュレイ、君の目線と頭脳と感性だよ。私たちのチームに入らないか。仲間たちも大歓迎だ」
目をきらきらと輝かせて身を乗り出してくるシーナを、テーブルに頬杖をついてアシュレイは見やる。どうやら本気らしい。
「俺に穴を掘らせる気か?」
「別に、私たちは掘ってばっかりいるわけじゃない。
学術調査だってするさ」
「なんで俺なんだ」
「言ったでしょう。君の能力と、感性が欲しいのよ」
「畑違いでも?」
「そうとも言いきれない。この小さな島国にだって解明されていない神秘は両手の数に余るほどあるんだ。ストーンヘンジの謎を解明できた学者がこれまでにいたかい?」
ストーンヘンジ、と聞いてアシュレイの脳裏にケルト系ドルイド神官の姿が浮かぶ。ドルイド教徒はミッドサマー・デイ、すなわち洗礼者ヨハネの祝日である6月24日にストーンヘンジで夜明けを迎えるのである。
銀髪と眠たげな青紫の瞳を脳裏から邪険に追い出して、アシュレイはふむ、と一応は考慮する。
口の端を引き上げてひらひらと空いている片手を振って、
「俺は自分のやりたいことしかやらないぜ」
「そうでしょうとも。けど私は君に、この業界が面白いと言わせて見せる自信があるよ」
「ほう。どちらかと言えばそっちの方に興味があるな」
「よろしい、面白みそのいち――威張り腐った何とかの権威、とか言われて調子に乗ってる奴は基本的に血圧が高い。怒らせてやるとすぐにばったり泡吹き出して見物だぞ」
「そっちか」
「ノリ悪いな〜」
「無理して笑わせる必要もないだろうが。向いてないぞ」
「余計なお世話。でも実際、わかいからっていうだけでこっちを見下してくる輩をぐうの音も出なくなるまで追い詰めるのは楽しいね。そのまま血管切れて逝っちゃえばいいのに、とか思うけどしぶといからなあ奴ら」
あっけらかんと恐ろしいことをさらりと言う。それからシーナはぽんと手を打ち、
「ああそうだ、もしかしてアシュレイそいつら呪い殺したりできる?」
「あんたのためにか?」
「アシュレイがもし私たちのチームに入ってくれるなら、君自身のためにもなるよ」
――こういうところが抜け目ない。アシュレイは喉の奥で笑い、
「俺にプラスがあるのか、シーナ?
あんたたたちのチームに入ったと、して」
そう言ってやると、シーナはくすりと笑った。傍らのハンドバックから何やら取りだし――
「これ。かけてごらん」
そう言って差し出したのは、華奢なフレームの眼鏡だった。アシュレイは眉を寄せ、
「視力、弱かったのか?」
「いいや。まあいいからかけてごらん、騙されたと思って。
魔法の眼鏡だよ」
魔法の眼鏡ねえ、とあからさまに胡散臭い眼差しで、しかしアシュレイは眼鏡を受け取った。
シーナはなんというか、思考回路がユウリ方面――読みやすいようで時折、ひどく読み難い。
彼女がなにを意図しているか興味はあったので、蔓を開いて視界を通す。と――
世界が、回る。
耐え難い違和感に、アシュレイは即座に眼鏡を外した。そのままシーナに放り投げ、目許を揉んでじろりと睨む。
「……単純に度がきついだけだろうが」
「ま、そうとも言うね。
いや、仲間の眼鏡、ここに来る前に修理に出して戻ってきた奴なんだけど。
君にとっては立派に魔法の眼鏡のはずだよ」
そう言って笑うシーナの瞳はとても深い。プルシャンブルーのその奥を見据え、アシュレイは目を眇める。
「――どういう意味だ?」
「これをかけたら世界が回ったでしょう。
なんとも言い難い、気持ち悪い視界だね。歪み、たわんで、世界が崩れる」
アシュレイは黙って続きを待つ。シーナは眼鏡を指先で弄びながら、
「けれどこれを通しての世界が正常である人間もいるということだよ、アシュレイ。
世界の見方はひとつではないのさ。
君はまだ、それを知らない」
「世間知らずだと?」
「そうとも言えるし、違うとも言える。
君はまだ学生だから、見えない部分はたくさんあるだろう。
けれどね、それだけじゃないんだよ」
彼女は嫣然と微笑んだ。手のひらを上向けてアシュレイの胸元を指し、
「君はとても頭の回転が速く、聡明だ。理論推論は隙がなく、豊富な知識に裏づけされた確たるものだ。けれど、君にはまだ客観的な視点を持つことができていないのよ」
「……ほう?」
青灰色の瞳の奥に、じわりと強い光が滲む。しかしシーナは微笑んだ。
「年長者を侮るものではないよ、アシュレイ。
君を子供扱いする気はさらさらない。
けれど、私たちと共にくれば、君は君が知り得なかった大きな見地を得るだろう」
にっこりと。
指を戻してそう締めくくったシーナは、口を開きかけたアシュレイの前でぱん、と手を打つ。
それから今度は華やかに明るい笑顔を浮かべ、
「さあアシュレイ、おなかがすかないか。実を言うとルールズに予約を入れておいたんだ」
「……ルールズ?」
言おうとした言葉も飲み込み、アシュレイは思わず問い返す。ルールズといえばロンドン最古のレストラン、文豪ディケンズも愛したと言われる店だ。確かにコヴェント・ガーデンからは徒歩3分と近い位置にあるが。
プルシャンブルーの瞳が微笑む。
「お姉さんのごりです。
食事しながら、もう少しゆっくり考えるとしようじゃないか」
そう言われてアシュレイは理解した。飴と鞭、そういうことなのだろう。
食い物で釣る気か、とも思うが目の前の女性を見た目通りの華奢な、か弱げな美女だと思うと痛い目を見ることをアシュレイはよく知っている。自らをトレジャーハンターと称しつつ、若年で学会を圧倒していくエネルギーと頭脳を持つ。
彼女の誘いは聞く耳を持つ気もしない。そう思いかけていたアシュレイだったが、この時、自分でも意外なことに――
――それも悪くないかもしれんな。
ほんのわずか、ちらりとそんな想いがよぎった。
ふたりは連れ立って歩き出す。シーナが面白がって腕を組んできたりしたけれど、したい
ようにさせてやった。
ふたり、連れ立って歩く。
この先に歩く道、隣に誰を連れるかは――
アシュレイ自身しか、知り得ない。