*その頃のふたり
2007年12月05日(水)
「・・・面白いものって、これですか」
アシュレイを思いきり半眼で睨んだ。・・・からといってどうにかなるものではないと解っていたけれど、それでもせずにはいられなかった。
はるか下では、シモンが難しい顔で何かを考え込んでいて、オスカーは憤懣やるかたないという顔をしている。その横で戸惑っているセイヤーズ。姉の姿もあるが、表情はよく見えない。
『ここ』に着いたとたん、事前にユウリを連れていくと予告してきたと聞かされて、半ば呆れた。―いつものことながら。
どうせ『ユウリはもらっていく』とかなんとか書いたのだろうと思っていたら、目の前でアシュレイはニヤニヤ笑っていた。
―本当に、子供みたいな人なんだから・・・。
当然、いまさら言ってもどうにかなるわけではないので黙っている。
そして、今のアシュレイとはいえば―
「―馬鹿か。お前は」
ケガをしているというのに、頭を小突かれた。
「この俺様がそんな心の狭い人間に見えるのか。確かに、人一人が消えるのは廃墟にはもってこいの演出だろうけどな」
「・・・・・・ふざけないでください」
「―それでだ。いくら俺の心が広くてもだ、約束を忘れる人間を目の前にした時はどういう反応をすればいいんだ?」
―え!?・・・や、約束??
実は全く心当たりがない。
確か最近は、アシュレイがいつものごとく部屋に突然現れて、突然十五夜の話になって、ええっと―え?十五夜??
必死に記憶を掘り起こしていると、隣で盛大に溜息をつかれた。
「『屋根の上で月を眺めたい』だのと言い出したのはお前だろうが」
え?
そりゃ、確かにそんなことを言っただろうけど。それは例えばの話で。
「えええええええええええええええ!?」じゃあ、まさか、そのために―
あまりにびっくりし過ぎていたユウリは、自分の大声が夕闇に響き渡っていることに全く気づいていなかったのだった。
*アンジュの恩恵
2007/12/03/(Mon)
完全に自らの気配を消してアシュレイとユウリの後を追いながら、アンリはポケットからある物を取り出した。そして、その中の一枚を壁に貼り付ける。
−全くマリエンヌとシャルロットは・・・鋭いんだか、偶然なんだか−
話は、今日の昼間に遡る。
「アンリ、これあげるわ。」
そういってマリエンヌとシャルロットが嬉しそうにプレゼントをくれたのだ。
「・・・これは?」
不思議に思ってアンリが尋ねると、くすくす笑いながら天使たちは続けた。
「何の変哲も無い、ただのシールだと思ったら大間違いよ。」
「そうよ。見えていることだけにとらわれちゃダメなの。」
大人びた口調で言われても、アンリにはさっぱりわからない。
よっぽど途方に暮れた顔をしていたのだろう。その表情が見れただけで、双子の悪戯心は満足したらしく、ようやく答えを得ることができた。
「暗闇で光るのよ。」
「すごいでしょう?」
「これで、迷っても大丈夫よ。」
「だから、出かけるときは必ず持って行ってね。」
「必ずよ。」
天使たちに念を押されて、断れなかったアンリだったが・・・意外や意外、こんなところで役に立つとは思ってもみなかった。双子たちには、感謝しなければならない位だ。聡い兄は、この目印にすぐ気が付くに違いない。
−それにしても、隙が無いな−
アシュレイは背を向けているはずなのに、まるで背中から光線が出ているようだ。一瞬でも気を抜けば、この尾行は失敗に終わるだろうが・・・。
−あいにくと、こういう方面は得意なんでね−
心の中でだけ相手を挑発しながら、アンリは二人を追い続けた。
*ユウリ救出作戦1.作戦開始
2007/11/06/(Tue)
お互いに気づいたのはほぼ同時だった。
ルパートとアンリは懐中電灯を向け合ったまましばらく互いの顔を見つめあっていたが、それは唐突に目の前に現れた人物が誰でどんな状況かを観察する必要があったし、自分の置かれた状況を再認識してどう行動すればよいかを考え直すのに多少の時間がかかったせいだった。
「君はたしか……シモンの弟のアンリだよね?」
先に我に返った、というより息が乱れて苦しそうなアンリよりは余裕のあるルパートが訊ねると、兄に似て大人びた雰囲気の青年は首肯して彼を見つめる。
「あなたは、えっと……たしか兄さんの友人の……」
「ルパート・エミリ」
教えたほうが早いだろうと判断しながら、ルパートはちらりと背後を振り返った。悠長に話している暇はない。
それはアンリも同様だったらしく息もきれぎれに声を押し出す。
「……兄さんかユウリを、あるいはあの男を……見ませんでしたか?」
あの男が誰をさすのか、ルパートはすぐにわかった。
「ユウリとアシュレイならさっきあの部屋の中にいたよ」
まさかすぐに答えをもらえるとは思っていなかったアンリは目を見開いたが、ルパートから詳しく話を聞くと厳しい面持ちで黙り込んだ。
黒褐色の髪と瞳はシモンとは似ても似つかないはずなのに、知的で凛とした雰囲気はさすがに兄弟だと感心する。
アンリは数瞬考え込んでいたが意を決したように顔をあげるとある提案をした。
「エミリ、すみませんがこの状況を兄に伝えてもらえますか。僕はユウリとアシュレイの動向を追って、移動の際には目印を残していきます。それを頼りに合流できれば後は……」
「え、でもそれって危険じゃないかい?」
ルパートはぎょっとして友人の弟を止めようとしたが、彼はかたくなに首を横に振った。
「だいたいあのアシュレイを相手に尾行だなんて、うまくいくのかどうか」
「でもあの男はユウリと一緒だし行動はいくらか制約されると思います。それに他に方法が……」
突然、ルパートは目の前の青年に飛びつかれ廊下の陰に押しやられた。
何事かとアンリを見ると、彼は人差し指を唇にあてて静かにするよう合図し、思いだしたように慌てて懐中電灯の灯りを切る。
聞き覚えのある声が聞こえたのはそのときだった。二人はとっさに廊下に置かれた重そうな壺が載っている台の陰に隠れた。
「それで、アシュレイ。これからどこへ行くんです?」
ユウリの声が暗闇に響く。凛と涼やかな声だが幾分諦念を交えた拗ねたような口調である。
「なんだ。まだ怒っているのか?」
アシュレイが愉快そうにクックッと笑う。その余裕ぶりはいっそ張り倒してやりたいと物陰の二人は願わなくもなかったが、得体の知れない悪魔や魔術師と張り合うのは到底無理といえた。
彼と対等に対峙できる人物といえば一人しか思い浮かばない。
そのとき、小さな薄明かりが台の陰に隠れた二人の正面を横切った。ペンライトだろう。足音がだんだん近づいてくる。
「当たり前です! きっと今頃みんな心配している」
声がずっと身近に聞こえたかと思うと薄闇にユウリとアシュレイらしき濃い影が浮かび上がった。しかし彼らは呆気なく通りすぎてしまう。
ほっとして肩の力を抜いたルパートは、アンリが突然立ち上がったのでぎくりとした。彼は音もなく廊下の端まで歩みよって身をかがめると、果敢にも向こう側にいる二人の様子を探り始めた。ルパートは暗闇に慣れた目でひやひやと彼の姿を追っていたのだが、ふいに彼が立ち上がりその身を角の向こう側へと滑らせたので驚いた。
(え!?)
とっさに声を殺した自分を褒めてやりたいくらいだったが、ルパートが慌てて廊下の端まで走り寄るとやはりアンリの姿はなく、そっと向こう側を覗いても暗闇のなかにすでに三人の気配は感じられない。
彼はやれやれと溜息をついて壁に寄りかかる。念のため少し時間をおいてじっとしていた。
―好奇心は猫をも殺す、という格言が再びよぎる。
情報屋として面白がる時分は過ぎたようだ。どうやら立派な当事者である。
アンリが無理をしなければよいのだけれど。
そう祈りつつ、勢いをつけて壁から身を離したルパートは懐中電灯をつけ、薄闇のなかシモンを探して走りだした。
*ルパート・エミリの「瞬間」
2007/11/04/(Sun)
・・・えらいことになってるな。
物陰に隠れつつ、ルパート・エミリは溜息をついた。
実は単なる好奇心でここまで来てしまったのである。
―好奇心は猫をも殺す。
嫌ーな予感のする格言が頭をよぎって、ルパートはそろそろと退散することにした。
―このイベントに参加すれば、フォーダムを取り巻く環境が正確に解るんじゃないかとか、何とか。
そんなことを考えた僕は馬鹿だったのだろうか。
いや、情報屋たるもの、そんなことでは駄目だ。弱気になっては。けど。
―この状況ってさ・・・。
どう見ても「魔術師アシュレイがユウリに迫っている」と考えるのが妥当だろう。
―有効な武器は・・・やっぱりベルジュだな。
決して後ろ向きではないぞ、と自分に言い聞かせつつ、ルパートはコソコソとシモンの姿を探し始めた。その時―
どんっ、と鈍い音がして、誰かとまともにぶつかってしまった。
―!!!???
ま、まさか、アシュレイが何時の間にか背後から・・・・・・・・!!!
あの神出鬼没ぶりは、はっきりいって神である。とても人間レベルではない―とルパートは勝手に思っている。
―は、敗北だ・・・・・・・そ、そんな。
どんどんマイナスへ落ちる思考と上手く動かない手足と戦いつつ、そうっと後ろを振り向くと―
「あ、あれ?」
自分でも恐ろしく間の抜けた声だったと思う。
「あ。君は・・・」
ルパートと同じく、思いつめた顔がそこにもう一つ。
確か、ベルジュの弟の―アンリだった。
*魔術師絶好調
2007/09/24/(Mon)
どこかから伸びてきた手に口を塞がれたのは、一瞬のことだった。
「……!?」
小さな悲鳴さえ封じられ、咄嗟に近くにいたオスカーに向かって手を伸ばしたのだが遅かった。上半身が傾くのと同時に腰を強引に引き寄せられる。そのまま乱暴に扉の壊れた部屋の中へと投げ飛ばされ、ユウリが床に倒れ込むのと同時に埃が舞った。
「いたっ。ケホッ」
「あまり大声を出すなよ」
埃を吸い込んでしまい咳き込んだユウリの口を、狼藉者が再び塞ぐ。ここまで来ると流石にユウリにも犯人が分かっていた。この村のトラブルの招き手、アシュレイである。
ちなみにユウリに、村で起きる騒動の大半の原因が自分であるという自覚はまったく無いので、アシュレイにしてみればとんだ濡れ衣である――とアシュレイ自身は思っている。
早い話が、どっちもどっちだった。
「小声で話せよ。でなきゃ次は口で塞ぐぞ」
楽しげに脅され、ユウリは不本意ながらも頷く。
手を離すついでとばかりにユウリの顎のラインを長い指で辿り、満足げに魔術師が笑った。
「いい子だ」
「……それで、一体何の真似ですか」
体についてしまった埃を払いながら、憮然としてユウリが問う。
「なに、お前達が俺を除け者にして楽しいイベントをしているようだったから、俺も混ぜてもらいに来たのさ。それに、売られた喧嘩は買ってやるのが礼儀だろう?」
「肝試しに混ぜてもらいたいならちゃんとそう言えば良かったんですよ。セイラに今からでもクジを作り直してもらいましょうか?」
「……お前は馬鹿か?」
「いたっ」
呆れ顔のアシュレイに額を弾かれ、ユウリは仰け反った。額の真ん中がヒリヒリと痛む。
「もう、何てことするんですか。アシュレイの所為でこの短時間に怪我してばかりですよ」
「ん? ああ、悪いな」
よく見るとユウリの頬にはすり傷がある。先程床に投げ飛ばされた際についてしまったらしい。
「ほら、手にも」
シモン達との楽しいイベントを邪魔されたことへの不満も含めて、擦り剥いてしまった右手をかざして抗議する。
実際のところ床に座り込んだユウリに上目遣いで怒られても嗜虐心がそそる以外何の効果も無いのだが、アシュレイは悪巧みを思いついた顔でにやりと笑った。
「そりゃ悪かった」
言うなり、うやうやしくユウリの手を取る。まるで騎士が主君に忠誠を誓うように唇を近付け――傷口をべろりと舐め上げた。
「うわっ」
ユウリが色気の無い悲鳴を上げるのを面白がって、アシュレイは傷口に舌を這わせる。
「や、やめてくださ……」
しばらく身悶えるユウリの反応を楽しんで、わざと唾液の音を響かせながら、アシュレイはようやくユウリの手を離す。
「な、なに、してるんですか、アシュレイ!」
「あまり大声を出すなよ。気付かれるだろう?」
アシュレイは態度を一変させ、飄々としておどける。ユウリの頬を軽くつねった。
「ここも舐めてやろうか?」
ユウリは必死に首を横に振った。
「まあいい。しばらく俺に付き合えよ」
薄暗い部屋の中、月光に照らされた魔術師は、愉快で堪らないという微笑を浮かべる。
「……面白いものを、特等席で拝ませてやる」