Sponsored Link
夏の便り SIDE:A/B
英国SS
◆ side:A
―暑い。
たとえ夜であろうと、香港の熱気は健在である。
久しぶりに故郷の地を踏んだ感想はそれだった。
何年もイギリスにいたせいで、頭では解っていても、体がついていけないらしい。
実家に着くなり、10年ほどこの家に仕えている古参の召使いの心配そうな顔と口やかましいセリフをことごとく無視して、これまた何年ぶりかに見る自室のソファの上に倒れ込んでしまう。
―相変わらず、何も変わっていない。
最後に見たあの日から、家具や本の位置にいたるまで、何もかも。
そういえば、父親はまたどこかへ行っているらしい、と古参の召使い―メイリンが言っていたのをちらっと聞いた・・・いまさらどうでもいい話だが。
巷ではアシュレイ家の秘蔵っ子などど囁かれているらしい、が、これもどうでもいい。うわべしか見ていない父親と同類の人間に興味はない。
それでもそんな輩が集まってくる場所にわざわざ帰ってきたのは―夏季休暇の前日、ユウリに去り際に渡したメモにここの住所やらメールのアドレスやらを書いたせいだったりする。
未だに自分の定位置は、結局ここしかない。
・・・今の所はせいぜい、茶番劇を楽しんでやるか。
考え事ををしているうちに、どうにか気力を取り戻したアシュレイは、なんの気もなしに部屋のパソコンを立ち上げた。
じいっ、と炎天下で聞いたなら鬱陶しそうな音を立てて、画面がのろのろと動き出す―そして。唐突に着信音が鳴り出した。

『新着メールが一通あります』

機械的な文字ウィンドウを閉じて、本文を受信―どうやらユウリが早速何か送ってよこしたらしい。
―へえ、やけに早いな。
添付ファイルを開くと、朝顔と、金魚と青空で造った画面が顔を覗かせる。

『暑中お見舞い申し上げます

そういえば、メールなんて初めてですね。本当は本当はハガキの方が雰囲気が出ていいんですけど、それじゃ時間がかかってしまうので―。
僕は今、姉さんのホームスティ先にいます。なかなか快適なのだけれど、そちらは暑いですか?
・・・・・・・・・・』

そこに書いてあったメッセージを半ばまで読んで、アシュレイは文字通り固まった。
―あ、暑いですか・・・・・・・・だと!?
香港の夏は低くても軽く40度近いのだ。そんなのは常識だ。あいつはそんなことも知らないのか!?

・・・。

次の瞬間、アシュレイは猛烈な勢いでキーを叩き始めた。

『暑いですか?だと?ふざけんな、暑いに決まってるだろ?』

と、そこまで書いて、不意にニヤリと笑うと、もう一つ文を付け加えて送信した。
そういえば姉とやらがいるらしいが、知ったことか。
休みが明けたら、色々と楽しくなりそうだ。

◆ side:B
『・・・本年は各地で猛暑が続いており―』
もう見るのも何度目かになるニュースを、パソコンの画面上に発見し、シモンは検索の手をとめて溜息をつく。
暑い。今年は異常気象なのかなんなのか。今日も1日太陽がいやというほど照り付けてきて、なんというのか、これほど日の光を鬱陶しく思ったのは初めてだ。
双子の妹―マリエンヌとシャルロットは、早々に部屋に引き上げてしまったらしく、家の中が妙に静かだ。
ユウリはしばらく姉のところにいると言っていたのであちらは過ごしやすいのだろうか―。
そこまで考えて、どうせならついて行けば良かったか、などと思う自分に気づき、苦笑する。
最近は気がつけばユウリのことを考えている。自覚はあるつもりだったが、転入時以来、考えないようにしてきたことが、こんな形で現われるとは。
―ユウリを背負っているわけでは、ない。それを言うならもやもやとした感情のほうだ。
ユウリが一人で歩いていこうとすると、どこか不安になって―。
不意にグサリと突き刺さったセリフが浮かんできて、また溜息をついた。
その時。
オルゴールの機械音が、新着メールの到着を告げた。
自動的に立ち上がるメールソフトを眺めていると―ユウリがメールを送ってきたらしい。
ついている添付ファイルを開くと、いつか楽しそうに話していた日本の情景そのものが現われる。
大輪の朝顔と青空、金魚。
―これがきんぎょ、か・・・。
愛らしい目元がどことなくユウリに似ているような―。

『暑中お見舞い申し上げます

本当はハガキのほうが雰囲気が出ていいんだけど、それだと遅くなちゃうから。メールにしてみたよ。今、姉さんのホームスティ先にいるんだ。もうちょっとしたら、帰るつもり。
シモンの実家はどう?マリエンヌとシャルロットは元気?そういえば今年は暑いって聞いたけど―大丈夫?日本ではかき氷っていうのがあって―でもすぐ溶けちゃうから送るのは難しいな―』

いつも通りの文面に、シモン顔をほころばせる。
やはり、自分はユウリには敵わないらしい―少しいらついていたとしても。
―夏、か。夏といえばあれかな。
返信画面を開き、挨拶代わりに有名な夏の詩を書き添えると、
ゆっくりと文面を打ち出していく。

『こちらは、全くどうなってしまったんだろうね。マリエンヌとシャルロットは庭にプールがあれはいいのに!と言っているけれど、僕は日本の夏風景は色々と興味深いよ―』

―かき氷・・・今度は僕がそっちに押しかけるという手もあるのだけどね?

とりあえず、それは黙っておくことにした。


アシュレイのステキな突っ込みの中身が気になる方は、こちら。※もとになった戴きモノのSSです。