はじまりはここから
英国SS
ムカつく奴だった。それでも手を借りたのは、言っていることは嘘ではなさそうなことと、やはりユウリと連絡を取りたかったから。
それだけだ。
何となく頼りにはなりそうだとは、思っちゃいない。
父親の部屋でコインを見つけた時には、いてもたってもいられなかった。でも、時間が経って頭が冷えたら、なんの目的も見出せないまま、もやもやと頼りない思考はどんどん悪い方向へ進んでいく。
―自分は呪いを撒き散らすためだけでなく、母親に・・・
行きつくところまで引きずり込まれそうになり、あわてて魔の手を振り払う。
そんなはずはない、そうしたら、今度こそ自分の居場所はなくなる―。
ぶるぶると頭を振る。ようやくあたりの景色が視界に入り、ふと気がつけば、ミスター・シンという指折りの霊能者がいるという骨董屋の前まで来ていた。
もう、後戻りは出来ない。
そう思っていたのに、鑑定でも芳しい成果は得られなかった。
戻るどころか、ぽつんと取り残されてしまった。
自分はまだ高校生で、肩書きはあってもなんの力もなくて―。
再び闇の手が延びそうになった時、浮かんだのがユウリのことだった。初対面はあまり長い時間ではなかったが、どことなく、不思議と安らげるオーラを持った少年は、鮮明に記憶に残っている。
兄の親友だと言っていた、彼なら、もしかしたら―
しかし、やはり結果は芳しいものではなく。半ば諦めかけていたその時に、救世主は現れた。
ユウリとは全く正反対の、禍禍しい、暗黒のオーラを伴って。
セント・ラファエロの卒業生で、ユウリの先輩。コリン・アシュレイと名乗ったその人物は、意味ありげな笑いを浮かべて言った。
「そんなにユウリに会いたいなら連絡してやろうか」
と。
それの意味するところは、この人は―アシュレイはユウリの携帯の番号を知っていて、ずいぶんと親しい仲なのだろうか。
まさか、学園に圧力をかけられる・・・とまではいかないだろう、多分。
―けど、そういうところは、何となく想像できないよな・・・。
アンリが何とも言えずに黙っていると、アシュレイはさらに笑いを深め、
「困っている奴がユウリの知り合いだったから、助けてやろうというだけだ。ありがたく思え」
人に手を差し伸べる人間とは到底思えない命令口調で言い放ち、さっさと携帯電話を操作し始めた。
数秒後、繋がった電話の向こうに、かすかにユウリの声がした。
「なーるほど。その死にそうな声から察するに、ベルジュ帝国の屋台骨が揺らいでいるという噂は本当らしいな」
いやに楽しそうな声である。
もうそんな噂が流れているのかという前に、その口調に何故か無性に腹が立った。おまけに今度は、そのへんの投資家をつついて株を買い占めさせるだの、それで株が暴落したら楽しいだのとのたまう。
― 一体、コイツとユウリはどういう関係なんだ!?
ユウリを脅すようなことを平気で口にする。そんな相手とユウリが話している事実と、今まさに手を借りているという事実で、初対面の印象は頭から奇麗に消えうせ、アンリは思わず地団駄を踏みたくなった。
一方、電話の向こうではユウリが完全に詰まってしまったらしく、かすかな声が途絶えた。
「どうした、ユウリ?」
一方の悪魔のような男の声はますます弾みを増してきたようだ。完全に面白がっている。
― 何を考えているんだ・・・!?
アンリの怒りをよそに、しばらくニヤニヤと笑っていたアシュレイだったが、不意にその表情が消えた。
再び電話からかすかな声が漏れてきた、直後だった。
それは、目の前の人間からは全く想像のかけらもできない。
意思がはみ出て有り余っていそうな独特の眼力が根こそぎと言っていいほど失われていたからだった―と気付いたのは、しばらく経ってからのことだ。
焦点の合わない、どこか遠くを見ているような目。電話を握っている手からも、明かに力が抜けている。あとほんの少し力が緩めば、滑り落ちてしまいそうなくらい。
そういえば、卒業生ということは、自分たちと一つ二つ歳が違うくらいだ。今までは、そんなことなぞ微塵も感じさせなかったというのに、これではまるで―
―なんだか、突然お気に入りのおもちゃか何かを取り上げられた、子供のような顔だ。
思いつきはひどく意外なものだったが、今の状況にはぴったり当てはまる。どんなに離そうとしても無駄なくらい、しっかりと。
アンリは、自分が何か特別なものを見ていると、不思議なほど確信したのだった。
どのくらい沈黙が続いたのか。ややあってアシュレイはつまらなそうな声で応じた。
俺は目先の損得では動かない、と。
その響きは、アンリの耳には、やっとショックから立ち直りかけている子供のような声に聞こえた―。
それから数日後。ひさしぶりにユウリと兄に再会した。アシュレイは相変わらずユウリをからかって楽しんでいる。あの、地獄の底に引き込まれそうなオーラも復活している。
何でも知っているように見えるどころではなく、事実、見通せないことはないようだ。
けれど。
―なんのかんの言っても・・・やっぱり、むかつく!
兄が警戒しなければならないような相手でも、僕は僕なりに立ち向かうだけだ。
それが少しでも、ユウリを守れるなら。僕の一歩を踏み出せるなら。