大切なもの
お題SS
扉を開けて、静謐な空気を感じる。
何よりそれが、かけがえのない、大切なもの―
ミスター・シンの依頼を受けて、数日後。
コリン・アシュレイは、何やら騒がしい聖ラファエロのヴィクトリア寮の、ユウリ・フォーダムの
部屋の前に立っていた。
聖ラファエロを卒業後。ユウリとは「鍵」のある別邸で繋がっていて、それは絶対的なものだと彼
は自負していた。が、毎回外で会っていたのでは、あの煩い小姑のシモン・ド・ベルジュがのこの
こと割って入ってくる。鬱陶しいことこの上ない。
いつまでも守りについているのは、性分に合わない。なら、いっそのこと―
こちらから押しかけて、ユウリを奪ってしまえばいい。
それはなかなかいい思いつきだった。初めは当のユウリにあまり歓迎されなかったものの、最近は
怒る気が失せたらしく、文句を言わなくなった。
―さて。今度はどんな顔が帰ってくるか。
無意識にニヤリとしながら、アシュレイは音も立てずに扉を開いた。
やはり、ここは何か漂うものが違う。
漠然とアシュレイはそう思う。
もともと、裏の世界と呼ばれる部分との関わりが多いせいか、魔術師をとりまく環境にはそれ特有
の空気が常に存在する。
そんなものには、とっくに慣れてきたつもりだったのに。
それが日常であったはずなのに。
ユウリ・フォーダムという人間の澄んだオーラに癒されている自分がここにいる。
―何を考えているんだ、俺としたことが。
ぼうっと突っ立っている格好になっていることに気がついたアシュレイは、頭を振りつつ、定位置
になっている寝室にさっさと入り込むと、ごろりとベッドの上に横になろうとして。
見慣れないものが、その上に乗っているのに気付いた。
枕。かすかにラベンダーの香りがする。
前に来た時は、こんなものはなかった。そういえば、三日前だかが、聖ニコラウスの日だったか。
その贈り物が何かだろうか。
「・・・ふん。相変わらず、ユウリらしいな」
誰からのものとはいえ、贈り物を早速大事に使っているとは。
呟くと、今度こそベットの上を無断占拠することにする。
枕は、その青黒髪の下にきちんと収まっていた。
それから、どのくらい経っただろうか。
「オスカー!」
ユウリが他の人間の名を呼ぶ声で、目が醒めた。
―オスカー?
そういえば、いつだったか、生意気にも挑戦してきた下級生だったか。
―そういや、今回の事件の当事者だったな。
まあ、別にそんなことはどうでも良いのだが。
「・・・寝覚めが悪いな」
ぼそりと呟くと、そっと立ち上がって寝室のドアの前に立った。向こうはこの部屋に別の人間がい
るとは思っていないから、二人―ユウリとオスカーの会話は良く聞こえた。
やはり事件のことらしい。
家族は全員、放火の後で失血死。なんとも物騒な話である。そこには何らかの力が働いていたのだ
ろうが、オスカーはまるで自分のせいで大切なものを失ったような口ぶりだった。
ユウリは、そんな彼に完全に同調してしまっている。
「なんで!なんで殺されたんだ!」
悲痛な声。
「オスカー・・・大丈夫だから」
その後の、ユウリの声。
相手の苦しみを受け入れようとする、声。
どうして、お前はいつもそうなんだ―。
いつもいつも、困っている人がいればふらふらとそっちに寄っていって。
自分のことなど少しも考えていない。
お前は、そいつのどこまで入るつもりなんだ―
堪らなくなって、アシュレイは壁をぶち破る。
「そいつを甘やかすな」
甘やかせばつけあがると、前に忠告したはずだがな、ユウリ。
発した声は、想像より遥かに温度が低かった。