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穏やかな時間
お題SS
―初めて人を本気で殴りたいと思った。

あんなに真剣に事件を追っていたのに。どんな可能性も逃がさず、果てには自分に疑いまでかけた くせに。
腹も立ったが、竜崎は真剣だったから許す気にもなれた。
なのに。
ちょっとがっくりきただの、これ以上やっても無意味だの。
一体なんなんだその言いぐさは。

僕はそんな奴に協力してきた覚えはない。

考えが纏まるのと、手を出したのはほぼ同時だった。L―竜崎は軽く吹っ飛んだ。 そうしたら何故かなおさら腹が立った。
鉄の意志を持っている探偵は、何があっても諦めたりしない―。
確信にも似たこの想いは間違いだったのだろうか。いや、認めてたまるかそんなもの。

そうこうしているうちに、竜崎が反撃してきて、半ば乱闘になってしまった。後から、モニターで 様子を見ていた父や松田さん達に苦笑いされた時には、結構ボロボロだった。

けれど。

初めて本気でぶつかり合えた気がするのは―

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月はパソコンの画面に映し出されている文字を追いながら、軽く頭を振った。
キラ事件の捜査は相変わらず方向性の見えないまま、膠着状態が続いている。竜崎はやる気がある のかないのか未だによく解らない。
繋がれた手錠の先をちらりと見遣ると、ちょうど大量のミルクをコーヒーに入れながら、なんの気 もなしにスプーンでそれを描き回していた。
いつもの動作。
表情には、相変わらず何も浮かんでいない。
「・・・」
声をかけるにも、言葉が見つからず、再び作業に戻る。
手がかりが見つからないのなら、見つけるしかない。そこで、今までの事件を最初から洗うことに したのである。
途方もなく膨大な量だが、松田さん達も協力してくれると言っていたし、何とかなるかもしれな い・・・いや、してみせる。どんな可能性も逃がさなければ。必ず。

―第一、第二のキラと、今のキラは、何かが違う。 はっきりしたことはまだ言えないが、それなりに地位のある人間ばかりが犠牲になっているのが気 にかかる。
どこかの役員、社長、重要なポストについている者―。
そこまで考えて、月ははっと顔をあげた。
何かの・・・組織?
「―組織、会社、団体・・・何か変わったところがないか、手っ取り早く解るのは・・・」

呟きながら開いていたファイルを閉じた時、ふいに手錠が引っ張られた。

「―竜崎?」

振り向くと、一ミリのずれもなしに目があった。

先に目をそらしたのは、竜崎のほうだった。
「・・・睡眠不足は思考の大敵です」
言うだけいって、再び黙り込む。コーヒーはいつの間にか空になっていた。
―睡眠、ってそういえば竜崎は―。
いつもどうやって寝てるんだ・・・?
そもそも、寝ているところなぞ、見たことがないような―。
「おい、竜・・・」
頭に浮かんだ疑問を解決しようと、声をかけた、その時・・・。

聞こえてきたのは、規則正しい寝息だった。

いつもの座り方のまま、身じろぎ一つしていない。

「は・・・・・・・・・・・・?」
月はなんとも言えない表情のまま、その場に立ち尽くしてしまう。
―それで、僕に、どうしろって・・・?

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―初めて人に本気で殴られた。
半ばどうでもよくなっていたのは事実だ。あらゆる事実を照らし合わせて、夜神月がキラだとほぼ 断定した。
近づいたら隙が見えるだろうと考えた。
けれど今の夜神月は、あの病院での彼とは何か違うものを感じるのも事実なのだった。
確信を持っていたものがぐらついた。そういえばこんなことも初めてだ。
推理のどこかに穴があったのだろうか?いや、そんなことは。いくら考えても振り出しに戻ってし まう。
夜神月、弥海砂、二人ともキラ。
そうしたら、目の前の現実を、私はどう考えればいいのだろうか?
また解らなくなった。
―迷い?
迷っている私に、一体どこまで真実が見えているのだ。
こんな状態で捜査を続けていても、無意味―。
そんなことを言ったら、夜神月はどんな反応をするのだろう。

その結果、私は先制攻撃を受けた。一回は一回なのでやり返したら、乱闘になってしまった。キリ がない。松田の馬鹿のおかげで収まったといえばそうなのだが。気付いた時にはそれなりに息が上 がっていた。
その後、夜神月は何もなかったかのように振舞っている。それどころか何かを精力的に調べている ようだった。

私は未だに迷っている。だから言葉を発することが出来ないままだ。

『本気の人に通じるのは、本気の言葉だけなんです―!』

何かに出てきた一節が、ちらりと頭をよぎった。