不意に現れた、影。
世界が凍りついてしまう温度を持ち合わせた、空気。
そんなものに出会ってしまったら、僕は一体どこを探せばいいのだろう―
「―シモン、まだいたの?」
「・・・え?」
シモンは思わず耳を疑った。気のせいに決まっている。ユウリがこんな冷たい物言いをするなんて。
なんとか動揺を押し隠しながら、さらに尋ねた。
「―ユウリ、僕はてっきり君が一緒にお茶を飲むつもりだと思ったのだけれど」
ここは、ユウリの部屋で、今朝、姉から珍しい品種の茶が送られてきたと嬉しそうに報告があって、そ
れで、授業が終わった今、訪ねてきている。
間違いはないはずだ。
―顔になんて、出ていないだろうね・・・。
大丈夫、完璧なはずだ。小さい頃の英才教育は、特に興味があって受けたものでもなかったが、今はそ
のことに感謝したいような気分になってくる。
こんなユウリは普通じゃない。絶対。
すると、
「―だからもう渡したよ。一緒に淹れ方もメモしておいたから。・・・気が散るから早く出ていってよ」
今日の課題は苦手なところなんだからさ。
黒瞳を半眼にして、まるでいつもの温度を感じない眼差し。こんなものは夢なのだと現実逃避したくなる。
それでも、シモンの生来の性格は、今を認めざるを得ない。
「ユウリ、一体どうしたのだい?」
「・・・・・・・・・・・・どうしたって、何が?」
微妙に長い沈黙の後、面倒くさそうに答えが返ってきた。それでもどうにか気を奮い立たせて続ける。
「何か悩み事とか、嫌なことでもあったのかい?」
「―別に」
短い一言。
「シモンこそ、こんなところで油売ってていいわけ?」
これが日常なら、ウラジーミルあたりが乗り移ってしまったかのようだ。
そう、これが普通なら―
「・・・普通、か」
もしかして、ユウリは怒っている?
その可能性に気付いて、シモンははっとした。
それなりに長い付き合いで、絆は固いものだと信じていて、多少の失言で壊れる中ではないという自信はあ
るのだが。
目の前にいる、『普通じゃないユウリ』は、それだけで何か妙な説得力があった。
ふう、と溜息を吐き出す。どうやら、今は時期ではなさそう。
―今朝、珍しいお茶が手に入ったと息を弾ませて報告に来たところから、考えてみる必要がありそうだな・・・。
「解った。今日のところは出直すよ」
そう言って、部屋を出ようとしたその時。
「気が向いたら、付き合ってあげてもいいよ」
今まで一度もこちらを向かなかった顔が、ほんの少しだけずれていて。
黒い瞳がどことなく潤んでいるような気がして、思わず駆け寄りたくなったけれど、堪えてドアを開ける。
数センチの隙間は、遠く、近く―
▽▽▽
「え・・・・シモン」
「・・・のところ・・・てる・・・」
「うん、そうだよね」
ぼんやりと、すぐそばで話している声が耳にはいってくる。
シモン・ド・ベルジュは、ゆるゆるとつかの間の休息から目覚めた。
「ベルジュがうたた寝なんて珍しいね」
パスカルが苦笑しながらこちらを見ている。
「無理もちょっと考え物だね」
ルパートがおっとりと口を開き、
「シモン、疲れてるなら休まなくちゃ」
ユウリが心配そうに顔を覗きこんできた。
そういえば、このところ忙しくて無理がたたったかもしれない。
そこまで考えて、ようやく、今までのユウリは紛れもなく夢だったことに気がついた。
―夢、ねえ・・・
それにしては少々刺激的だ。
一方、仲間達は短い間をますます疲れのせいだと思ったのか、強制的に休養を取らせる算段を始めている。
「うーん、本当に危ないかも」
「なんならみんなに色々提案してみるけど?」
「じゃあ、早速―」
相変わらず、どこまでも普通な日常風景。いつもと同じ色の。
シモンは、ふう、と溜息をついて立ちあがる。
「そうだね。今日のところは休ませてもらおうかな」
それから、間を置かずにユウリにいいたいことを言ってしまうことにした。
「今朝言ってた珍しいお茶、ご馳走してくれるかい?」
たぶん、これは夢じゃない。
ユウリはすぐに頷いて、二人は並んで歩き出した。
まあ、このくらいは許されるだろう。
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サークル「東洋真珠のお姫さま」の英国アンソロジー(2006年夏コミ発行)に参加したお話その2。
ツンデレユウリ・シモン編。意外と理性的なシモンになっていました・・・アシュレイなんかところかまわず
落ち込みそうだと調子にのって書いたのですが(爆)
自信がある分、行動を振りかえる余裕があるのかもしれないですねえ。その点アシュレイは・・・はっ、何故か
寒気が・・・。
しかし、最新刊ではとうとうユウリに発信機(笑)をつけてしまいました・・・シモン。どうなることやら。もう
このくらい可愛いものかもしれませんねー。