例えるなら、溶けない氷。
それにも似た衝撃だったのだ。
こんなユウリがいてもいいものだろうか―
「―だから、何?」
そんな言葉を投げかけられて、アシュレイは不覚にも文字通り固まってしまった。
だから何って、いつもはそれで結局のこのことついて来るくせに。
生意気にも最後まで言わせるつもりなのだろうか。―いや、しかし、それならそれで・・・
黒髪はいつも通りにつややかな輝きを放っているが、普段と同じ所といえばそれだけだ。
背丈の違いから、上目づかいに睨んでいる目。きゅっと結ばれた口。
どこから見ても可愛げのない顔である。
いつものふくれ面なら十分可愛げがあるのだが、温度が違うというか、なんというか―いや、
そもそも自分は何故そんなことを考えているのだ?
一瞬で複雑な螺旋状になってしまった思考がますますぐちゃぐちゃになっていく。
当のユウリは、突っ立ったままのアシュレイをしばらく眺めていたが、やがて、
「用がないなら、もう行くけど」
冷たい言葉が返ってくる。
やはり変だ。何かがおかしい。目の前のユウリは別人のようだ。
もしや、この前のように、何かとんでもないことを言ってしまったのでは、と弱気になりそうにな
る心を何とか奮い立たせて、アシュレイは、ユウリをこの場にとどめようと無意識のうちに必死になっていた。
「・・・ユウリ」
やっとのことで言葉を紡いでみる。
しかし。
「ちゃんと主語を言ってよね。主語を。珍しいお茶だけじゃわけがわかんないよ」
まったく、と溜息をつきながら、ユウリはさらに言い募った。
「だいだい、そんな口実しか思いつかないわけ?はっきりしない人って面倒くさいよね!」
「ユ・・・」
「―ま、気が向いたら付き合ってあげてもいいけどね」
最後にぼそりと付け加えて、ふいと背中を向けて去って行く。その方向は―
「・・・!?―おい、ユウリ!」
▽▽▽
はあ。終わった。
書籍独特の匂いに囲まれながら、ユウリは思いきりのびをする。
イギリス人の血も流れているはずなのに、この国の歴史は複雑すぎて少々頭がいたい。
先週課されていたレポートは、どうにか期限ギリギリに間に合いそうな感じである。
中身は、まあ、そこそこだろう。
「・・・さてと。さっさと提出してこよう」
横に積み上げた本を片付けに、立ちあがった。
それが約十分前、くらいだろうか。
最後の一冊を手に、ユウリは未だに図書室をうろうろしていた。
―ええと、中世歴史のコーナーってどこだったっけ・・・。
最初にちゃんと受付で場所を聞いてきたのに、忘れてしまった。
シモンは相変わらず忙しそうなので、なんとか自力で頑張ってみたのだが、慣れないことを
したせいで余計に疲れているのだろうか。
そう思うとちょっぴり情けない。
「はあ。もう一回聞いてこよう」
諦めて受付のほうへ戻ろうとした、その時―
信じられないものが目に飛び込んできたのだった。
―嘘。
思わず口に出してしまいそうになって、慌てて飲みこむ。
ちらりと反応を覗う。
幸い、最初に見た時と同じ格好が映った。少しほっとする。
それでも、気が緩んだとたんに突っ込まれそうで、しばらくその場に立って、何となく息を殺
してみたりして。
それでも、頭が面白いくらい定期的に船をこいでいる。半開きの口のおまけつきで。
圧倒的な存在感からは遠くかけ離れた雰囲気を前にして、ユウリは妙に気が抜けていくのを感じた。
―ほ、本当に、寝てる・・・?
いくら魔術師などと呼ばれていても人間であることに変わりはない。当然、寝なくては死んでしまう。
そんな当たり前の事実も、本人を目の前にすると軽く吹き飛んでしまうのだ。
―最近、まともな思考になってないのかなあ・・・
やや的外れなことを考えながら、ユウリはそろそろと足を進めた。
▽▽▽
「・・・!?―おい、ユウリ!」
叫んだところで、目が醒めた。
―夢か。
とてつもなく最悪な夢だ。大体、グレイ家の一件で余計なことを言ったせいで―
もう、やめよう。考えると気が滅入る。頭を振って顔を上げたところで、
「・・・・・・・・・・・・・・。アシュレイ、こんな所で寝てると風邪をひきますよ」
声が聞こえた。
―見えない力が背中を押して、とたんに日常に引き戻された。もしその類のものが見えるとしたら、
なさがらそれは神の手だろう。
そんなものは信じてはいないのだが、ことにユウリに関しては、漠然と連想してしまうのだった。
声の方向を見遣ると、顔全体に戸惑いを貼りつけたユウリが、たどたどしく口をひらくのが見える。
「・・・」
なんというか。
いつもの何でもすぐ顔に出るユウリだ。
そう思ったとたん、はりつめていた何かがぷつんと切れた。
そもそも、いつからここにいたのやら―。
「お前、いつからここにいた?」
にやにや笑いながら、アシュレイは押しにかかる。
うぐっ、と妙な声を発したユウリは半分目をそらしてもごもごと。
「え・・・ええと、そんな、時間なんて・・・」
「―まあ、いい。それより」
うっ、と相変わらずうめきながら半歩あとずさるユウリを、目線で繋ぎとめる自信は山のようにある。
「貴重なものを見せてやったんだから、それなりのお返しはあるんだろうな?」
ついでに、溶けない氷も粉々にしてしまわなければ、気が済まない。
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サークル「東洋真珠のお姫さま」の英国アンソロジー(2006年夏コミ発行)に参加したお話その1。全く
と言っていいほどネタが思いつかず、どうしようと悩んでいた時にふっと思いついたのが、当時流行っていた
「ツンデレキャラ」でした。
そして暴走した私はユウリでツンデレを実践し、アシュレイとシモンを困らせてみることに(笑)
「アシュレイとシモン、どっちが動揺するんだろう、楽しみ〜」とか思って書いていたら、アシュレイの寝顔
という天然記念物ものの現象が発生したのでした。
アンソロが完売したということで、サイトに収録。適当に楽しんで戴けたら幸いですv