空気と星
デスノートSS
―詩織はお前を愛していた。お前は愛していなかったのか?
するりとこぼれ出た言葉。
・・・なんてらしくない事を聞いてるんだ、俺。
なんだか声をかけづらい。
一言でいえばそんな感じだった。いや、自分はLの味方でも月の味方でもないのだし、遠慮などす
る必要は感じないのだけれど。
―なんだか、なあ。
死神らしくもなく、リュークは溜息をついた。以前にそんなことをしたのはいつだったか。怠惰な
死神界に飽き飽きした時だっただろうか。
意味もなく考えを巡らせてみるが、落ちつかない。そうか、落ちつかなかったのか、俺は。
―で、何に?
また疑問が沸く。
今度は無理矢理打ち消すことにした。あとからどんどん降ってきそうでキリがない。
問題の月は、さっきからベッドに寝転がったまま、空を見詰めている。
レイに婚約者がいたことをを知っていた彼は、結婚式場で得意の口先で神父をもっともらしい話題
で丸め込み、南空ナオミの本名を聞き出すのも簡単だった。
あとは、さっさと始末するだけだろうに。
―まあ、月は頭がいいから、俺なんか及びもつかないことを考えているんだろうな。
とも思うのだが、何故かまたしっくり来ない。
―なんか、今日の俺はらしくないよな・・・。
今まで、何度か人間界にノートを落としてみたことがあった。死神大王を騙したのも、やっぱり退
屈だったからだった。延々と無為に生き続けるなんて、リュークは御免だった。変化―何か面白い
ことがなくてはやっていられない。
かといって、そんなことがその辺に転がっているはずもなく。
ノートを手にした人間は、その正体を知ると、罪悪感を抱くか、私利私欲に走るかのどちかしかな
かった。・・・全くもって面白くない。特に、醜い人間なんていくらでも見てきているし。
あの日、またノートを地上に落としたのは、ほんの気まぐれからだった。もう何度目だったかは忘
れた。あまりに長い時間が過ぎていたから。
落としたノートがすぐに人間の手に渡ったのは、本当に偶然だった。拾った奴の顔を見て、あまり
に絶望感が漂っていたので、我ながらびっくりしてしまった。
そういえば、そんな暗い気分の人間に拾われたのは初めてだったっけ。
しばらくは離れて見ていることにした。―何となく。
最初はもちろん、名前を書かれただけで人が死ぬなんて信じていない様子だった。だが、何ともな
しに名前を書いた犯罪者が死んだことで、興味を持ち始めたようだった。
。興味なんて持ったところで、人間は弱いからそう簡単にはいかないだろうと思った。
すると驚いたことに、そいつは、次に目の前にいる犯罪者を殺した。
よほど確信が欲しかったのだろうか。
―それにしても、罪悪感とかいうものはないのか?
心の中で突っ込みながら、多少動揺しているように見えなくもない背中を追いかけた。
それが、そいつ―夜神月と死神リュークの絆が始まった瞬間であった。
―ほんとにらしくないよな。柄にもなく過去を思いを馳せるなんてさ。
ひさしぶりに退屈しない日々を過ごしているのは事実だが。この背中がむず痒いような気分はなん
なんだろう。
再び月に目を向ける。相変わらず空を見詰めたままぴくりとも動かない。
その瞳は、何か見えないものを追いかけているように見えた。形のないもの、曖昧なもの。何かを
見つけ出そうと、必死にもがいているような―
―なんか、迷ってるのか?
空の先には何があるのだろう―。
ああ。俺も俺なら、月も月だ。本当に、らしくない。
ふと、カーテンの隙間から外の景色がちらりと見えた。雲一つない空に、星がいくつか瞬いていた。
「・・・詩織はお前を愛していた。お前は愛していなかったのか?」
皮肉のつもりなのか―実際、そんなふうには聞こえなかったのだが―リュークがそんなことを言っ
てきた。
―愛していた?
そうなのだろうか。そうだとしても、そんなものはもう、過去の話だ。
―迷いはもう、全部捨てた。
壁を叩き壊さなければ、進めない。ならば、いつまでもその前に立ち尽くしているのは愚かなことだ。
前に進むしかない。
もう、戻るつもりはない。そうしたら、僕は、きっと―。
「―さあね」
言葉を吐き出した瞬間。
ひやりとした美術館のエントランスの窓から、一筋の光が刺しこんだ。